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最近の様子
2009/06/30(Tue)
そういや、最近学校の事をてんで書いていないので
「で、どうなのよ、学校の方は?」という感じの質問をうけたので、簡潔に

6週間のコースも早いもので4週間が経過しました
本当にあっという間で信じられません

学問的(?授業的?)には解剖学や生理学など復習にあたるものが非常に多かったですが
それでも質の高い、良い復習になっているとおもいます
(少なくとも自分一人だったらここまで勉強しないし)

それに復習といっても、今まで気づいていなかったことや
知識としては知っていたけれどそれは点と点であり、それをつなげて線にして考えられるようになったり、「Ah- ha」と思う事が毎日あったりと本当に「勉強って楽しいなぁ」という感じですごしています

生涯を通じてはじめてこういったクラスを取っていたら情報量に圧倒されてしまうのかもしれないけれど、ATとしての予備知識がある為にもう少しだけ深く理解できるようになっているのかな、という気もしています。ATでよかった、それなりに真面目に勉強してきて良かったと。

Hands-onの方でも4週間前の自分とはだいぶ変わってきたと思います
AT-RoomでHands-onの事をしてきて、評判も良かったけれどそれとはまた違った形であり
感覚も良くなってきているかな、という気がしています。もちろんまだまだ、まだまだまだ、なんですが 笑

授業としては7月10日の金曜日(レビュー)で終わり、週末を挟んで13日には試験をやって14日にはPlattsburghにかえるので、滞在日数は残り2週間
授業にいたってはあと7回
来週の月曜日・火曜日は実際に会ったことのない人を学校に招いて、クライアントとして施術をすることになります

さすがに人の体には触り慣れているし、基本的なインタビューやコミュニケーションに関してはATと変わりがないので緊張も特にはないですが(なんていいながら当日はガタガタしてたりして笑)、もうおわりなんだなぁ、、、という感じですごしています

というわけで僕は元気ですw
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Somewhere Over the Rainbow
2009/06/28(Sun)
昔からこの歌が好きでした

そして”IZ”こと Israel Kamakawiwo'Oleがウクレレで歌うのは一番のお気に入りです
優しいウクレレの音色、そして彼の声



虹の向こうでは悩み事も一滴のレモンドロップのように溶けてなくなる
辛い事があったとしても、それは時間がたてば笑えるようになるから大丈夫

そんな風に語りかけてくれる歌のような気がします

とりあえずいつかウクレレ始めたら、弾けるようになりたい曲です
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10000時間・10年ルール
2009/06/27(Sat)
ふとこの事を考えていた次の日の朝、授業中にインストラクターも偶然同じ事に言及しました

それは「10000時間ルール」

「なにかを成し遂げる・一つの形にするには10000時間かかる」

と言われているものです
時にこの10000時間は「10年」にも置き換えられます

そう遠くない昔に、お世話になっている方に
「10年頑張れた人は何かしら結果を出している」と言われた事があります

ATになりたいなぁ、とおもいを募らせたのが高校3年の時
それから10年経てようやくATCになりました

交換留学でハワイ大学に足を踏み入れた時に偶然出会ったアスレチックトレーニング
いきなりTRのドアを叩いて「ATを経験させてください」と言った時から10年を経て再びハワイ大学に戻ります

ATとして10年経つにはまだあと8年
Rolferになるために第一歩を踏み出した2009年
2019年にはどうなっているのかな
そしてRolferになってから10年後、どうなっているのでしょうか

いつまでも次の10年を楽しみにしていける人生を送りつつ
後ろ指を指されるようなことだけはしないで歩み続けていきたいな、とおもいます
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転職活動記 最終回
2009/06/25(Thu)
「みんなあなたの事をよく知っているし、あなたもここのスタッフの事は良く知っているでしょ。
だから現地面接は無しにしたの。それからAthletic Directorから電話まだ行ってないわよね。
彼ね、もうお休みに入っちゃったの。でもヘッドトレーナーからの強い推薦もあったから、ADは書類に既にサインしているのよ」

そんな電話を受けたのは前回の電話から6日後の6月1日、月曜日
そう、コロラドのRolf Instituteにおける授業の初日でした

上のような電話をいきなり新しい場所で新しい人達といるなかでもらったので頭の中は


「?」


しばらく間が空いたのを感じとったのか言われたことは

「おめでとう。これはオファーなの。引き受けますか?」

引き受けるつもりがなかったら出しているわけもないですし、お給料に関してもよく「少しじらして、金額を釣り上げた方がいい」なんて言いますが物価は高くなるけれど、今よりも多い額を頂けるし、新しい資格を取るわけでそれが今回反映されるか・給料について交渉可能かという事を一応聞いたら予算が厳しくてこれがいっぱい、と言われたのでその場で引き受ける事にしました

ということで6月1日にUniversity of Hawaii at Manoaからオファーを頂き、それを受けました
仕事開始は現在Rolfing Schoolに通っている事もあるので、7月20日開始という事になります

学生ATとして1年間交換留学の際にTRに飛び込んで体験させてもらってから10年後
自分がキャリアをスタートしたところに再び戻れるというのはプレッシャーもありますが、感慨深く何よりありがたい、の一言です

おそらく、ですが自分はここを最後に今のようにべったりとチームにへばりつくATは辞める事になるとおもいます。それが何年先の事になるかはわかりませんが、おそらくそうなるでしょう。
なので、スタートしたところに戻れたばかりではなく、そこで一つの区切りをつける事ができるというのも本当に恵まれているな、とおもい感謝の気持ちでいっぱいです

ここにたどり着くまで、本当に多くの人と出会い、支えられ、助けられ、教えられてきました
背中を押してくれたPlattsburghのスタッフにも、そしてたった1年しか直接かかわっていないにも関わらず、10年たっても昔と変わらず接し続けてくれており、さらには自分の事を推してくれたUHのスタッフにも感謝です

ビザの移行に関しても色々とすったもんだはあったけれど、無事に手続きも終了し6月17日に認可されたので、あとはコロラドから一度Plattsburghに帰り、引っ越しをするのみです

これから先どんなATとして活動し、どう幕を引くのか
どういう人生を歩んでいくのか、色々と考えなければいけない所もあります

ただ、言える事はこれからも自分らしく、やれる事をしっかりとやっていくことだけです
まだまだこれからも学び続け、歩み続けていくつもりです
これからも色々とご指導ご鞭撻の程をよろしくお願いします

オアフ島(ワイキキ)に遊びに来るときはぜひご一報をお願いします

ありがとうございました
どうぞこれからも皆さんよろしくお願いします

長々と続いたこの連載(?)
楽しんでもらえたり、何か刺激や参考になることがあったなら幸いです
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かだいばー
2009/06/25(Thu)
今日は授業の一環で、Cadaver Labに行ってきました

ご献体から、2次元の本ではわからない3次元の体を知ろうということです

あっという間の3時間
見れば見るほどもっともっと色々と知りたくなりますし、体の神秘を感じます

Cadaverを見たのはこれが2度目
本当に勉強になります
1度目よりも少しだけ理解できていたかな、というのも感じられました
最初見た時は本当に目の前にあるものと本のイメージが結びつきませんでしたから

そしてなんといっても体(筋肉、筋膜、骨、腱、その他もろもろの組織)のContinuity(連続性)を見させてもらえたのもありがたいです

次にCadaverを見る事がいつになるのかはわからないけれど、それまでに今日見させていただいたものをしっかりと身につけておかないといけません

がんばろっと
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転職活動記 その9
2009/06/24(Wed)
今まで週に1回のペースで連絡が来ていて
選考も終盤に入ってきているので対象者は少ないはずにもかかわらず、これだけ連絡がこないということは、、、などと考え、とどめをさすなら早くしてくれ、すっきりしたいから、という心境でした

それにRolf Instituteで授業をうけるために5月29日の便でコロラド行きが決定していたので
できるならばそれまでに合否を知りたかったというのもありました
もしも選考から漏れているのであれば、アパートはそのままですみますが採用された場合、勤務開始日の事もあるので、コロラド出発前に荷物を送りだしてしまい、コロラドでの授業終了後直接、その大学のある所へ移動するというのが理想と言えば理想でした

しかしながら、2次電話面接が終わり、推薦者へ連絡がいき、選考に残っているとなると次は現地面接。さすがに出発前に全てが終わるとは思えないので、スーツはコロラドにも持っていけるように準備をしていました

しかしながらなかなか連絡がこなかったために、とりあえずもしも受かった時最悪一度Plattsburghに戻ってこないといけないけれど、そうなったら時間があまりないので詰められる物は箱に詰めていつでも送れる準備をして連絡を待っていました

半ばあきらめつつも、諦めきれないような状況にいた5月26日
連絡があったのは前回の連絡から実に2週間以上経過してのものでした

再びHRからで
「しばらく連絡をしていなくてごめんなさい。あまりに連絡がなくて『縁がなかった』と思われていたり、他の所に取られたらいけないとおもって、現状の報告のために連絡をしました。
推薦者にも連絡を取って、皆から良い評価を貰っていた事を受けてAtheltic Directorに推薦されました。近日中にADから連絡があり、簡単な電話面接のようなものを行ってもらうので待っていてください」


通常ADに推薦されるとい時点で最終候補者であり、よっぽどの事がないかぎり採用は十中八九決定です


その事をPlattsburghのボスとADに報告
「あぁ、じゃあもう決まりだね。あれ、でも現地面接は?????」


次回最終回(多分)
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転職活動記 その8
2009/06/23(Tue)
次の電話は、ヘッドトレーナーからかかってきた1週間後

Reference(推薦者)に連絡を取る許可とバックグラウンドチェックをする許可が欲しいから
書類をメールで送るので、なるべく早くサインをしてFaxで送って欲しいとのこと

こちらでは、履歴書と一緒にReferenceのリスト(名前・肩書・連絡先)を通常3名分載せて提出します

それは一番初めに応募した時点で記載してたのですが、それとは別に現在、及び過去働いたことのある場所のAthletic Director(社長みたいなもん)とCurrent Supervisor(直属の上司)の連絡先を求められました

バックグラウンドチェックは、犯罪歴のチェックに使われます
Felony(重罪)や性犯罪に引っかからなければそれを理由に断られることはない、と言われますが仮にこのバックグランドチェックが理由で仕事を断られた場合、会社側は応募者に対して説明義務があるそうです

ボスには事細かに経過を報告していたので、彼の方からすでにADに自分が他の大学での仕事に応募したことが伝えられているのは知っていたのですが、ADをReferenceとして求められたので、ここではじめて直接報告に行きました

ADもボスと同様に
「もちろん残って欲しいけれど、うまくいく事を願っている。自分になにかできる事があれば言って欲しい。全面的にバックアップするから。でもうまくいったら○○(その地域の名物)をご馳走してくれよ!」と笑顔で応援してくれました
本当に良い上司に恵まれました

Referenceに連絡を取る許可を出した2日後、ボスのところにその大学から連絡があり
「大ウソついておいたから感謝しろよ」
と言われ次の連絡を待っていました

余談ですが、仕事に応募するときReferenceになってもらっている人にはどこの仕事に応募しているのか一報入れておきましょう。それが礼儀でもありますし、そうすることによって電話を受ける側も心の準備ができます。常識的な事と言えばそうなのですが、自分の事で一杯になってしまってそういう所をおろそかにしてしまうケースがちょくちょくあるようです、気をつけましょう

いつもは1週間ほどで連絡がきて、次のステップに進んでいたので今回も、まだ候補者に残っているのなら1週間ほどで連絡が来るだろうと踏んでいたのですが、10日過ぎても連絡がこない。。。

他の大学などで、選考委員会に身を置いていた経験のある方々の話では、その段階で何の連絡もなしに落とされる事はありえないので、学校が休みに入り選考委員会内でも時間があわず話がすすんでいないのではないか、という事で焦らずに、というアドバイスを頂きましたが気になって気になって仕方のない日々でした

落とすならさっさと落として、、、

(あとちょっと)
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転職活動記 その7
2009/06/22(Mon)
これは大失敗をしたなぁ、と思っていた電話面接

パートタイムATのLには「たぶんその受け答えは正解だとおもうわよ」と言われながらも落ち着かない気分で週末をすごしてやってきた月曜日

再びその大学のHRから電話がかかってきて、まだ興味があるかの確認をされたのちに
ヘッドトレーナーから連絡をしても良いか、と確認
承諾するとその数分後にはヘッドから連絡

思えばこれが2次面接だったのでしょうが、正直なところ、最初の電話面接で失敗して次はないと思っていた矢先にHRから電話がかかってきて、電波の関係であまり聞きとれていないまま「はい、はい、いいですよ」と言っていたので電話の目的がよくわからず、懐疑的な感じで話を続けていたので(笑)頭の中は混乱していました。

しかも額面通り言葉を受け取れば、ヘッドはもう心を決めている感じをうけました
なのでなおさら自分の頭は混乱です

最初の質問は「住む所どうするの?」
次に言われた事は「知らない人を取るというのはリスクがある」
最後に「日本人学生ATが毎年がそこそこいるけれど、彼らのMentor(指導者・先輩)になって欲しいと思っているのだけれど、その準備はできているか」

住む所は今までも、移動してから決めてきているのでどうにかなる
知らない人を取るのはそれはリスクがあるよね
学生に関しては、日本人が日本人を見ることでプラスもマイナスもあるけれど、他の学生も含めてもちろん準備はできている

と答えたところで「OK.後は何か質問ある?」

ということでRolfing Schoolに通うので、Starting Dateを遅らせることはできるかを確認
問題なしということで電話終了

計10分程度のものでした


電話を切った後も「この電話は一体何だったんだろう。。。???」

と自分に問いただすも、狐につままれたような感じでわけもわからずすごしていました


結局自分がまだ候補者に残っているとわかったのは次の月曜日に再び連絡が来たときでした

(まだ続く)
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石とゴムまり
2009/06/22(Mon)
自分は小さな石でした

でこぼこ尖った石でした

触れば硬い石でした


なりたいものはゴムまりです

赤くてまるーいゴムの球

それなら誰も傷つけない

これなら自分も傷つかない

それでも自分は忘れない

心に灯る熱い想い

いつかそんな自分になりたいです



先週の金曜日、ちょうど6週間コースの半分が終わるということで、普通の授業とは少し違う事をするために時間を取って、各々が「3週間前の自分」と「これからなっていきたい自分」を表わす物を持ってきて発表しましょうという時間が組まれました

最初聞いた時は「そんな小学生みたいなことしたくないなぁ」と思ったのですが
自分が軽い気持ちで選んだ物が実は心に根強く残っているのだな、と終わってから感じさせられて驚いています。自分が選んだもの、そしてその意味を反芻すると涙が頬を伝ってくるのはなぜなのでしょうか

きっとそれは自分の心の一番柔らかいところを気づかずに触れさせられたからなのかな、とおもいます


自分が選んだものは「でこぼこと尖った小石」、そして「赤いゴムボール」でした

自分は白黒をはっきりさせるタイプの人間です
「良い・悪い」「好き・嫌い」「やる・やらない」

それが故に傷付けてしまったこともあるだろうし、敵対心を持ったり、持たれたりしていることも少なくないと思います。そんな面があるから、体もぎゅっと堅く身構えてしまう

ゴムまりは丸くて柔らかい
外からの力に柔軟に対応する
でも中身は崩れない
ぶつかっても痛くない

受け入れられないことだとしても、一度自分の身にあててその力を吸収してみようとする
案外それでうまくいくこともあるのかもしれない
白黒はっきりさせなくてもいいことってたくさんあるのかもしれない

赤い色を選んだのはそれが情熱を表すから

外からの刺激を一度自分の身にあててから判断する事は妥協する事と同じではないと思う
だから心の中には熱い想いを、考え方には柔軟性を、他の人には安心感を

そんな自分になりたかったんだな、とこうやって具現化されたことで自分の心にしっかりと根をはりました

今日は後半開始ということで、インストラクターと中間インタビューの時間が設けられました
心配事も文句もなにもなく、インストラクターからもPositive energyとSmileをいつもクラスに持ってきてくれてありがとう、と言ってもらえました
「あぁ、自分ってそういうポジティブな人間だったんだよなぁ」と思い、少しずつ少しずつ自分を取り戻して行ってるのかな、という気がしています
環境と、人間関係で人ってかわるものだな、とおもいます

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45のヒント
2009/06/22(Mon)
オハイオ州で90歳になる老人が書いた、人生における45のヒント
心が落ち着きます


1. 人生は公平では無いけれど、それでもいいものだ。
2. 疑わしいときは、次の一歩は小さく歩もう。
3. 誰かを嫌うには人生は短すぎる。
4. 病気になると仕事は自分の面倒をみてくれない。友人や家族がしてくれるのだから連絡を取っておこう。
5. クレジットカードの支払いは毎月全額支払っておくのだ。
6. すべての口論に勝たなくていい。反論にも賛成してみよう。
7. 誰かと一緒に泣こう。一人で泣くより楽になる。
8. 神様に怒っていい。彼なら受け入れてくれる。
9. 初めての給料から、老後の蓄えを始めよう。
10. チョコレートに関しては抵抗は無駄だ。
11. 「過去」と平和を維持していれば、「現在」をダメにすることはない。
12. 自分の子供に泣いているところを見られたってよい。
13. 他人の人生と比べるな。人がどんな軌跡をたどったのかなど、分かりはしないのだから。
14. もしその関係が人に言えないのなら、関わるべきではない。
15. すべてのことは一瞬のうちに変わるが、心配しなくてもよい。神は見ている。
16. 深呼吸をしよう。心が落ち着く。
17. 使えないもの、美しくないもの、楽しくないものは、何でも取り除こう。
18. もし死なずに助かったときは自分を強くする。
19. 子供時代のような幸せを持つのに遅すぎるということはない。ただし2度目は他人の力に依存してではなく自分次第である。
20. 自分の好きなことを追い求めるとき、自分の出した答えに拒否を示すな。
21. キャンドルを灯し、シーツを新しくし、素敵な下着をつける。特別な日のためにとっておくのではない。今日という日こそが特別なのだ。
22. 準備をぬかりなく、そして、なるように、ありのままに。
23. 今、変人になろう。歳を取るのを待ってから紫色の服を着なくてもよい。
24. 夜の秘め事をする上で、一番大事な機能は脳である。
25. 幸せになる上での責任は、自分自身以外にない。
26. どんな災いも、次のセリフで閉じ込めてしまえ。「5年経ったらこれはそれほど大事なことなのか?」
27. いつも「生(せい)」を選ぼう。
28. 何でも誰でも許そう。
29. 他人が自分を何と思おうと、知ったことではない。
30. 時間はどんなことさえも癒す。時間を与えよ。
31. どんな良いことも悪いことも、変わる。
32. 自分のことを、まじめに捉え過ぎる必要はない。他の誰も気にしてしない。
33. 奇跡を信じよう。
34. 神様は神様だから愛してくれる。何をしたか何をしなかったかではない。
35. 人生を計算するな。参加して今を楽しもう。
36. どんどん年齢を重ねることは、その反対よりずっといい。 若くして死ぬよりだ。
37. あなたの子供の子供時代は1度きりだ。
38. 最終的に真に大事なことは、愛したということ。
39. 毎日外に出よう。奇跡はあちこちで待っている。
40. もし皆がトラブルを山のように捨てたとして、他人のと見比べたら自分のは持ち帰ろうと思うものだ。
41. うらやましがることは時間の無駄である。もうすでに必要なものは持っているものだ。
42. 最高のときはこれから来る。
43. どんな気持ちになろうとも、起き上がって、着替えて、そして姿を見せよう。
44. 恵みなさい。
45. 人生はリボンで結ばれているわけではないが、それでもギフトである。

らばQより

原文(英語)は「続き」に
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明日から後半
2009/06/21(Sun)
学校も早いもので明日から6週間コースの後半開始

早いなぁ
今週もあっという間に過ぎていきそう

この3週間で何を感じ、何を学び、何を身につけるのか

楽しみです
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転職活動記 その6
2009/06/21(Sun)
シナリオは大小あわせて全部で5問位あった気がします

そのほとんどは覚えていませんが、質問の意図がはっきりと汲み取れない事もあり
何度か聞き返しましたがそれでも何を知ろうとしているのかが微妙なまま自分なりの答えを出していきました

ここでもやはり相手の顔が見えないので、リアクションもわからず、自分の浅い底を見透かされているようであまりいい気持ちではありませんでした

そして
「ではこれが最後の質問です。Job Descriptionを読んだと思うけれどそれと合わせての質問になるので、良く聞いてください。なるべくゆっくり読むけれど2分くらいは聞いてもらう事になるから」

要約したら
「シーズン中は7日間休みなし。飛行機での移動も多くなりその飛行機の中での時間がDay offと考えられる事もあり、帰ってきたらそのまま仕事という事もある。そんな中、自分担当しているチームの選手が急病を訴え、病院に連れて行かないといけない。しかし学校では他に数チーム練習をしていて、そのカバーをあなたがしなければいけない。TRにはあなた一人しかいないんです。」


「どう思う?」


えっ?どう思うって何?どうする?じゃなくて???

意表を突かれた質問に、素の自分が出てしまい思わず言ってしまいました

「いやいや、そんなのもっとスタッフが必要でしょ」

インタビュアー(特に聞いていたコーチ)大爆笑


笑いも収まった後に自分が言ったことは
「なんでそういう状況が生まれているのかはわからないけれど、まずは優先事項を決める事が第一。その急病の選手の状態もそうだけれど、どんなスポーツが練習をしているのか。High risk sportsなのか、そうではないのか。練習内容やそのチームのけが人の状態にもよると思う。コーチたちは基本的にFirst Aiderとして動けるとは思うけれど、それに任せて大丈夫か。自分が急病の選手を連れていかなければいけない場合は、各コーチたちに連絡を取って、自分の携帯番号を持ってる事を確認する。とにかく文句を言っても始まらないので、何が優先順位を持って行われるべきかを考えてやれる事はすます。一通り全部おわってから『こういう事があった。』と上に問題提起をしてそういう事が起こらないように努める」

というような事を答えました

上にも書きましたが、意図がつかめないのです
「こういう怪我人・病人がいます」「このスポーツが練習しています」というように
詳細を与えられていればまだ答えやすいのですが、そういう細かい記述は全くないので
どの可能性を考えていいのか、それによって答えは大きく変わってくると思うのです

もちろん相手からの反応はなく
「こちらからの質問は以上です。そちらからはなにかありますか?」

やっちゃった感があったので、電話を早く切りたい気持にも襲われましたが
ここで何も質問しなかったら本気ではないとおもわれると思ったので3-4個
労働環境・学ぶ機会・改善点・地域、学校の事など質問

最後に「で、NYはどうだい?」と聞かれたので
「未だに雪が降って寒いから、さっさとでていきたいっす」と応え爆笑を貰い面接終了

自分の後にもう一人面接をして、次にすすむのであればなるべく早く連絡がいくと思う、とのこと


終わった後は敗北感と疲労感でいっぱいでした
まずボスに、そしてそのあと友人に連絡

皆、大丈夫だよと言ってくれていましたが、あまりの手ごたえのさなにかなりへこんでいました

それは手ごたえが感じられなかったから、というよりは
多少なりとも世話になった人に、自分が成長していないと思われてしまったのではないか、という所に起因していた事に気付いたのはもう少し後になってからの事でした

(続く)
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転職活動記 その5
2009/06/20(Sat)
3回くらいで終わるかと思っていたらなんだかんだで長くなってきてしまいました
面白いと思っていただけているなら幸いですが、、、

前回からの続きです


電話を取ると、予定通りの電話面接

電話面接はカンファレンスコールになるので苦手だ、と思われる方も多いと思います
自分ももちろんその一人です
やはりただでさえ母国語でない言語を扱う上に、緊張感も重なり、しかも相手側の素性をあまり知らないケースがほとんどなわけですから、ナーバスになるのも当然だと思います

インタビュアーは計3人
少しは知ってるATスタッフがメインインタビュアー、そしてどっかのチームのコーチと別のスタッフ

自己紹介もほどほどに、まずは志望動機から

うまく舌が回っていたのかは何とも微妙な所でしたが、それでも自分の熱意と他の人とはちょっと違う、興味本意ではなくて本気度が伝わる事も言えたのではないかな、とおもいます

しかしインタビュアーも仕事に徹して、こちらが言い分を終えたら、何も言わずに一呼吸を置いて次の質問に進みます

何度も電話面接を受けてきていますが、これが電話面接の嫌な所
相手の表情がみえないので、自分の言ったことがどう捉われているのかがわからない
それがことさらに緊張感と不安感を煽ります

続いての質問は、ローカルな生徒に加え、さまざまな国や地域から来ている学生が比較的多いこの大学。その多様性・ダイバーシティ(Diversity)の中でどのように順応し、貢献していく事ができるか

これは待ってましたと言わんばかりの質問です
なぜならアメリカで外国人として働いている以上、自分自身がDiversityなわけですから

そのうえ、自分はアメリカ国内においてもハワイから始まり、南部、西部、東部と渡り歩いて来ており、それぞれ特性の違う地域においても適応してきたという事実があります

ATとしても、学生時代から含めて、プロ、DI, DIII, 高校、クリニックとDivision IIを除くすべてのレベルを経験してきましたし、職歴としても教師・コーチ・そして運営側に立っていた事もあります。あれだけ嫌って、悩まされていた自分の器用貧乏さがアピールできた所でもありました 笑

続いての質問は
ATプログラムがあり、未来のATを育てるわけだけれど、そこにどのように貢献できるか

これも自分にとっては簡単な事です
教えるのは嫌いではないので(教員もやっていたことですし)、UOPで学生の面倒を見ていた時も大変な思いはさせられましたが、とても楽しくすごしました。Plattsburghにはそのプログラムがないの少し物足りない所もありました(実際問題DIIIレベルにEducation Programがあってもよっぽど高校やクリニックに送り出せるのでなければ、実習で人が余るだけだとは思うけど)

何より全米各地を渡り歩いてきて、いろいろなレベルで学んだことを伝えていけると信じている、と言い切ってみました 
ここ数年における幾度とあった電話面接のおかげで、事実を大げさに伝える術も身につけてきたようです 笑

あとは普通に特定の怪我や手術の対処法、NCAAにおけるルールについてなども聞かれました

NCAAのルールについては、はっきり言って頭が真っ白になるくらいわからなかったのでPlattsburghにおける手順を説明したのちに、

「正直に言うと、NCAAハンドブックをきちんと読んだ事はなくその質問に対する正しい答えは知りません。もしもそれが非常に重要なことで覚えておく必要があるものならばすぐにでも勉強して覚えます。そしてそのようなケースが出た場合にはより経験のあるヘッドやその他アシスタントに助言を求めたりして最善をつくすようにします」

と言ってみたものの自分では「あーーーーー何言ってんだろ」と心の中で突っ込んでいましたが、口が勝手に。。。

とはいえ、わからないものをわかっていると言ってごまかした所ですぐにぼろが出ると思ったので正直に言ってみました

うろ覚えですが全部で7-8問位聞かれた気がします
このあたりで25分ほど経過

ふっ、と間があいたのでそろそろ終わりでこちらからの質問かな、と思っていたら


「じゃあ、ここからはシナリオベースの質問になるからよく聞いて答えてください」


え???
聞いてませんけどー、そんなタイプのインタビューになるなんてーーーー!!!


(続く)
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転職活動記 その4
2009/06/19(Fri)
電話の主は応募した大学のHR(人事部)

「まだこのポジションに興味はありますか?」

思わず小さくガッツポーズ

実は電話面接にいくかどうか、といのが一つの山でした

思い上がりに聞こえるかもしれませんが、ヘッドトレーナーをよく知っているという事から、電話面接にさえ行けば少なくとも現地面接くらいには残れるのではないか、と踏んでいました。
しかし出願に際して「最低条件」というものがあり、基準を満たしていないものはHRがはじいていくので、実際のATスタッフの目に触れない応募者というのも存在します
(3桁近くなる応募者全員を細かく見ることは無理なので、選別された人が上にあがる、という感じ)

自分にとってのネックは
「大学もしくはプロで有資格者として3年以上の経験、もしくはそれに準ずる経験があること」 

なぜなら自分はまだ資格を取って2年と経っていなかったから

年数「だけ」を重ねてきている人たちに劣っているという気はしないけれど
年数を重ねて見えてくるものがある、というのも事実だと思います
しかしながら、自分は年数では測れないものを持っていると信じています
そう言えるだけの事はやってきたはずだから
だから、そこだけで足切りをされるとなると。。。と少し不安でした

その足切りを免れたのは、ヘッドがHRに一言声をかけていたのか
それとも計3つのDiv.1での経験(学生時代含む)、NFL/MLB/Af2(Arena Football)といったプロチームでのインターン、Plattsburghでの経験、及びその他関連資格といったものを「それに準ずる経験」として考慮してくれたのかはわかりません

何はともあれ第一次の足切りを免れて、電話面接の日程調整に

はじめに指定された日時は、遠征にむかうバスの中にいる時間だったので再度話しあい
4月29日午後3時(ET)水曜日に執り行う事を決定


胸が高鳴ります


電話面接に備えて、準備しておくことはたくさんありました
まずは落ち着いて、自分の履歴書を見返し、質問されるであろう事柄に対してある程度の答えを用意しておくこと。言うまでもなく紋切り型の模範解答ではなく、あくまでも自分の言葉で、という意味でです

普段から自分の信念に基づいて行動している事を言葉にして説明するだけなのですが、言いたい事が次々とでてきてしまいそれをまとめるのが一苦労でした
気持ち的にも高揚感が常に付きまとっていたので、端的に、しかしながら効果的に自分の思いを伝えることができるようにキーワードを並べていきました

それらをながめ、志望動機や自分の簡単な経歴などを反芻しその日を待ちました

電話面接当日、仕事の方はラクロスがすでにプレーオフで敗退し、シーズンを終了していたので
ボスと話し午後休をもらい電話面接に備えました


午後3時になる数分前、再び電話が鳴りました


(続く)
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転職活動期 その3
2009/06/18(Thu)
考えれば考えるほど頭の中はごちゃごちゃになり、気分が晴れない日が続いていました

しかしながら一度でてきてしまった「やってみたい」という気持ちは隠せません

ただし隠れてこそこそとするのは好きではありませんし、それでは自分を取ってくれたPlattsburghに対して筋がたっていないので、何をするよりも前にまず、ボスに話をしました
採用されると決まっているわけでもないですが、それが正しいと思ったから

1か月前にその学校のヘッドと前述のような会話があったこと
そこでのJob description
そして1年でここを離れるという事はしたくないけれど、このポジションに興味がある、ということ

その話を聞いてボスはこう言ってくれました

「ここの事を考えてくれるのは嬉しいけれど、それは考えないでいい。Professionalとして上を目指すのは当然の事でそのチャンスがあるのなら、チャレンジするべきだ。まだ採用されると決まったわけではないのだし。個人としては採用されて欲しいと当然思う、だけどPlattsburghのHead ATとしてはここに残って欲しいさ。何はともあれとにかく履歴書は送りなさい、全てはそれからだから。全面的なバックアップを約束するよ。何か進展があったら教えてくれ」

こういった言葉をかけてくれたのは本当にありがたいとしか言えません

その後わかったことなのですが、彼自身にも快く送り出された時と、そうでないものと両方の経験があったそうです。だから自分が上の立場になった時にはその個人にとって一番良い選択のバックアップをするようにしよう、と心にきめて行動に移してきたと言います


その夜から履歴書に少し手を加え、必要なものを集め数日後には応募をしました


そして書類を送ってから2週間程経ち電話が鳴りました。。。


(続く)

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コンベンションIn San Antonio
2009/06/18(Thu)
晴れの日が圧倒的に多いと聞いていたコロラドはボルダー

ここにきて早3週間が経過しようとしていますが
そのうち1日中晴れていたのはたったの1日

話が違います。。。

授業はとても楽しく、Rolferの持つ知識と感覚から毎日色々と学んでいます

知れば知るほど自分が何も知らなかった事を知ることになる、というのは真理だとおもいます

さて、今日から年に一度のお祭りNATA コンベンション
多くの友人・知人が参加しているようですが、今年も自分は参加できず

2年前のアナハイムでは就職活動を行っていたのと、夢の国ということであまり騒げる場所がなく不完全燃焼だった感じがしているので結局長いことコンベンションから離れているような感じです
来年は行けるのでしょうか
行きたいけれど、行けない状況になっている方が、それは自分がやりたい事をやれている、ということなので自分としては好ましいのですがはてさて。。。

なにはともあれ、参加されている方々お楽しみください
くれぐれも飲み過ぎには注意で。
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転職活動期 その2
2009/06/18(Thu)
悩んだ理由、それは。。。

・Rolfingを習い始めようとすでに決意しており、夏の授業に登録していたけれど、この仕事のStarting Dateは授業の日程に思いっきりかぶっていたこと

・Rolfingを習おうとしたきっかけは、近い将来ATからは離れていこうと思っていたからであり、この大学に進んだ場合、自分が悩み、決意した事と真逆の事を行うことになること
(そもそもRolfingを働きながら学ぶ、といことが可能であり踏み切れたのはPlattsburghは10ヶ月契約で夏休み中に授業を取ることができたから。しかしこの大学は12か月契約となりRolf Instituteで授業をとることができない)

・Plattsburghに来てまだ1年目
自分のやれる事は最初からやってきたつもりではあるし、良い意味でのインパクトを与えられたとは思う。しかしながらまだ離れるのは恩をあだで返す事になるのではないか、ということ

細かく言えばまだあるのですが、この3つが踏み切れない大きな理由ではありました

しかしながら、逆に「とりあえず挑戦したい」という気持ちもありました

それはDIIIというレベルに飽きがきていたということ
うちの大学はDIIIの中では強豪と言われる部類のカンファレンスに属しています
その中でも良い成績を残すチームが多いのですが、どこか物足りなさを感じている事がありました
DIIIという環境で出会ったATのレベルというのにも失望させられた事も幾度かありました

こういった環境にいつまでもいたら、自分も慣れてしまい抜け出せなくなってしまう、自分の成長が止まってしまうのではないか、という恐怖感は常に感じていました
「それは自分次第じゃない?」と思われる方もいらっしゃると思いますし、自分もそう言うと思います

「DIIIと言ってもDIと我々のやる仕事は一緒」
良く言われることだと思いますし、自分もそう思っていました
だから自分の持てるものはすべて出して選手に接してきたつもりです
そこにDIIIの選手だから、DIだから、プロだからと差をつけてきた事はありません
それは自信を持って言えます

しかしながら、環境は人を作り、人は環境を作ります
「当たり前」というレベルが違うのです
その基準が違うから自然と周りの意識も高まるものだと思います
それは選手・ATに関わらず、その組織に属する人皆に影響するものだと思います

働きやすい環境ではあったし、On Duty・Off Dutyの割合を考えたら決して悪くない場所だったと思います。そして前述のようにレベルもそこそこのものではあったので

ただ自分はやはりDIに戻りたいという気持ちが根強くあった、という事です


ほんの1か月前に「なんで出さなかった」「次は出すよ」という会話をしていただけに
ここで出さなかったら興味がないと思われ「次」は巡ってこないだろうという思いもありました

お世話になった人に恩返しをしたいと言う気持ちももちろんありました

頭の中は様々な考えでぐるぐる混乱です。。。


(続く)



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転職活動記 その1
2009/06/17(Wed)
自分の記録のため、そしてこの時期就職活動を行う卒業したての人も多いので何か参考になったり、元気づけたりすることができれば幸い、と思うので何回かにわけて書いていこうと思います

事の発端は3月末頃
以前から交流のあったとある大学のHead ATと定期的な近況報告のメールのやり取りをしてしていたところ

「なぜ(うちが求人を出した時)うちに出さなかったんだ?」

このメールのやり取りの半年ほど前、この大学から求人が出ていてもちろん自分はまだ力不足とは思いながらも、出したい気持ちはありました
しかしながら、自分はPlattsburghに拾ってもらって半年過ぎたばかり
それですぐに動くのは、、、と思い応募はしませんでした

その事を説明し、「次にそこから求人がでていたら出すよ 笑」
と軽くふざけて返事をしたのですが、この大学はあまり求人が出ない処だったので
「次の機会は早くても3年後くらいかな。。。やっぱり半年前に出しておくべきだったのかな。。。」などと思っていました

しかしながらその「次」jは思っていたよりもずっとずっと早く訪れて来たのです

このメールのやり取りをした1ヶ月後
再びその大学の求人がでているのを偶然発見
今一度連絡を取ると、納得のできる理由による再度募集


悩みました


その理由は次の回で
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気づく力・傷4日目
2009/06/16(Tue)
昨日Rolf Movementをグループレッスンでうけて来ました

基本的にやったことは、呼吸法と歩き方、そしてバランスに骨盤の意識の仕方

自分の体なのに、今まで意識していなかった事に気付かされます
そしてそれを維持するのは難しい

どんな事でもそうだけれど、違いを教えてくれる存在はありがたく
そして自分自身違いに気づける、という感覚はとても大事なものだなと思います

自分の体なのに難しいものです

さて、傷は4日目
大分ふさがってきました
傷がふさがってきたら今度は、打撲の痛みに意識が向いています
笑ったりすると肋骨が痛く、くしゃみなんてできやしません
早く痛みが引いてくれることを願います
傷については本当に思ったよりも早い回復でした

写真は前回どうよう続きから
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2日経って
2009/06/14(Sun)
30にもなってチャリンコで豪快にこけてすっとび、左半身をすりむくことになった金曜日から丸2日

鞭打ちの症状も軽減し、傷口もかなり治ってきたようでシャワーを浴びても絶叫する事はなくなりました

今回試したのは消毒液を使わず、傷口を乾かさない、「湿潤療法」というもの

傷口には消毒液をかけて、ガーゼをつけて、かさぶたができてきたら治ってきた、というのが従来の方法でしたが、それでは傷口に治すのに必要なものまで奪ってしまうので、この療法が使われるようになってきました

もちろん色々と注意は必要(消毒液を使わないので、最初に痛くてもよく傷口を洗うのは第一条件。破傷風なども怖いので気をつける)ですが、従来の方法よりも傷の治りが早く、見た目もきれいになるということで手術後などにも使われるようになってきています

リンク先には医療用のものを、とかいてありますが自分はサランラップと市販されているワセリンを使っています。そしてラップの上から保護用にガーゼをあてて、エースラップでぐるぐると巻いています。あとは朝と夜にシャワーを浴びて傷口をきれいに洗っているという感じかな。

TRでも試していたのですが、なかなか継続的に経過を観察できなかったので今回自分の体を使って違いを感じてみる事にしました

結論としては治りが早いと思います
おもな受傷部位は体の左側なので、そちらは湿潤。小さな傷がある右側は消毒してガーゼという従来の方法で行いました

半日でその違いは感じられ、右側はガーゼにより傷口が乾燥してしまうために、小さな動きでも痛みを感じるようになり、受傷範囲が比べ物にならないくらい広い左側は特に不快感はありませんでした

半日で違いを感じられたので、右も湿潤療法に切り替え
経過は順調で、先述のようにシャワーを浴びてもまだ敏感ではありますが痛みを感じるほどではなくなりました

傷口による痛みが軽減されてきたからか今度は打ち身による痛みが体を支配しています
しかし思ったより早く回復しそうです

写真は前回のように「続き」からどうぞ
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滑り込み。。。
2009/06/12(Fri)
昨日は新しい大学先のある州の休日だったそうでなーーーんにも進展していなかったようです

で、今朝になりメールに返信が来て

「私は水曜日にImmigration担当の人に渡したけど、まだ帰ってきてないのよね。必要な書類があるともいわれてないし。送ったら連絡するわ」

と言われ待つこと数時間

時間が経つにつれ気が気じゃなくなっていました
そりゃだって、今日中に送れるようにしておかないと、そのオフィスの人が土曜に来てやるとは思えないし、土曜の朝に送り出さないと月曜にはつかないわけですからそりゃやきもきしますってもんです

夕方の授業の合間に電話をチェックすると

「この書類(出入国のスタンプ)がよく見えないから再送して」

とのこと。もうかるーーくパニックと怒りです
何のためにこっちはOvernightで書類を金曜日に送ったのか、と

言ってもしょうがないので授業のインストラクター(事情は知ってる)に、話をして授業を抜けて書類を取りに自転車で帰宅、学校に戻りコピーとFaxをするべく、しかも(30分以内位に送ってきて)という無茶ぶり

ということで自転車をフルスピードで漕いでいたらやっぱりやりました

何かに躓いて、アスファルトへの全力ダイブ

しばらく動けず。。。

ものの見事に左側のLateral Line(手首-前腕-肘-上腕-大胸筋横あたりから前鋸筋-膝-脛)と一直線に綺麗にアスファルトによる擦り傷

しかも何度書類をFaxしても、肝心のスタンプが見えないといわれ最終的にはデジカメで撮ってメールで送るということで事なきを得て、明日の朝一にはFedexされる、ということでひと段落したのですが、
気が気じゃないわ、痛いわ、情けなくなるわ。。。

なんで自分はこんなにスマートに物事を運べないのでしょうか
しかもいっつもぎりぎり
こっちはそれを見越して早め早めに動いているっていうのに。。。

まぁ、それでも最終的にはどうにかなっているのでいいのだろうけど
はて、、、今回の結果はどうなるのか、、、
乞うご期待

とりあえず、全力でアスファルトにダイブして思ったのは
アスレチックトレーナーでよかったな、と
落ち着いて怪我の状態も処理も行えましたしね

一応傷の写真を撮ったので、みたい人は下の「続きを読む」からどうぞ
苦手な人は見ないでね
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どうなることやら
2009/06/11(Thu)
タイムリミットの15日が近づいているのに大学から連絡が来ないんですが。。。

明日は金曜日
15日は月曜日

明日送られなかったらアウトなんじゃないでしょうか。。。

はてさて、、、どうなることやら

さすがに落ち着きませんね、これは。。。
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Sayonara
2009/06/10(Wed)
先日退職届をメールで添付して送付し、郵便でも学校に届き受理された、とのことで
来週の月曜日、6月15日をもってPlattsburgh Stateを退職という形になります

それに伴い、コーチを中心としたその他関係のあったスタッフにもお別れの挨拶メールを送りました

直接的に関わりのあったコーチたちは皆温かい言葉をかけてくれました

全てがうまくいったとしたら、授業が終わり次第Plattsburghに帰り2日ほど滞在して引っ越し準備をしたらまたすぐに出発という強行スケジュールなので、このまま会えなくなってしまう人たちも大勢います

まだ学校が休みになる前はまだインタビューも初期の段階でどうなるかわからなかったので
選手たちに「来年も帰ってくるんでしょ?」と聞かれた際には「もちろん」と答えていたのに
結果的に嘘をついてしまった事になり、選手にお別れを言う事ができないのがとても残念です

ちょっと寂しいです
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無くて七癖
2009/06/09(Tue)
自分には癖がない、と思っていても
自分が気づいていないだけで、実際は7個位はあるもの、なんていいますが
「癖があるよなぁ」と思う場合は「あって48癖」と続くようです

授業で動作(Rolf Movement)について少し習いました

今日は肩(肩甲骨)の動きをしたのですが、正直自分の体がこんな風に動いていたとは
思いませんでした

右肩は幾度の脱臼により、動きがおかしくなっているというのは自覚していたのですが
それよりも左肩の方がかなり癖のある動き方をしていました
驚きました

自分がモデルとなり、インストラクターが2-3手を加えて、動きを教えてくれたのですが
そのあとはすぐに、動きに改善が見られ自分としてもかなりスムーズに肩が動くようになりました
まだ自分にとっては新しい動きなので、またすぐに戻って、治しての繰り返しになっていくものだとはおもいますが、自分の気付いていなかった事を感覚として教えてもらえるのはとても貴重な事だとおもいます

人間の体って不思議で、そして面白いです
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一日が早い
2009/06/09(Tue)
授業が基本的に朝8時30分から午後6時まであるので一日があっという間に過ぎていきます

休憩時間は多いとはいえ、家に帰ると夕飯の時間でご飯を食べてちょっと落ち着いたら眠気に襲われ、
それと格闘しつつちょっと勉強したら一日が終わってしまう、そんな毎日です

でもおかげさまでとっても楽しく過ごさせてもらっています

ビザの件はどうなるのか、神のみぞ知る、でインストラクターに
「もしかしたら俺突然いなくなって、日本から連絡する事になるかも」と笑いながら伝えたら
かなりびっくりされましたし、クラスメートにも「そんな状況でどうして授業にこれたり、笑ったりしていられるの?」とも聞かれましたが、自分にはどうしようもできないことだし、流れに任せるしかないですからね。今までも散々こんな様な事をしてきたから慣れたもんです。早く落ち着きはしたいですけど

いくつになっても、どこにいても、どんな立場になっても
学び続ける、学び続けていられる

そんな人は素敵だとおもいます
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最初の週末
2009/06/07(Sun)
幼少時代から、平日に学校なり・働くなりして土日が完全に休みと決まっている生活というのは経験したことがなかったことに5秒ほど前に気がつきました
部活の練習や仕事が入っていますからね

ということで昨日は、以前から連絡をくれていた、先日コロラドにある大学を卒業したATのT君と会ってきました。遠い道のりをわざわざありがとう

一緒に授業を取っているNさんにもご一緒していただき、まずはNさんと二人でT君が来るまで
ゆっくりといろいろな話をしました
そしてT君が来てからはお昼をたべつつ、まじめな話からおバカな話まで
割合的には後者の方がかなりおおくなりましたが(笑)、やはりこうやって新しい人に出会えるというのはこの仕事の素敵な所だと思います

T君はこれからペンシルバニアの大学院に進学される、ということでこちらもまた新たな世界への旅立ち
色々と経験して、頑張ってもらいたいと思います


日曜日の今日は、一人ぶらっと出歩き本を読んだり、お店を見て回ったり
あいにく天気は曇りのち雨、だったのですが
それでものんびりとすることができました

時間は夕方
そろそろ勉強するか。。。

IMG_0195_20090608085153.jpg
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VISA ビザ びざ
2009/06/06(Sat)
なんだかよくわからん事になっています

現在の勤務先での契約は10ヶ月契約なので6月15日までがその契約日
当初はその大学に残る予定だったのでH1bビザも3年延長していて、とどまるのであれば2012年まで何の問題もなく滞在できていたことになります

ただ、新たな勤務先に移動する事で、Plattsburghを経て得たH1bビザは契約最終日で失効となり、その前にビザのステータスを移行しなければいけません

ただ、ここで面倒なのは新たな勤務先でのStarting dateは7月20日
1か月の間があいてしまうのです

6月15日までに新たな勤務先が、「うちで引き取ります」という事でビザの移行申請をしてくれれば、6月15日を過ぎても滞在する事はOKなのですが、もしかしたら、ただステータスを国内でかえる、というのではなく一度アメリカ国外でVisa(ここでいうのはVisa Stampの事)を更新してこいと移民局から言われる可能性が高い、とのこと

まーーーったく持ってNon-senseなんですが
どうなることやら
その場合は今とってるクラスも放棄して帰らないといけません

面倒な国です
テキサスやアーカンソーの大きな食肉工場なんかでは某国のパスポートすら持っていないようなのが、ゴロゴロといて、その会社も最低賃金以下の給金で肉体労働させていることには目をつぶっている癖に

言ってもしょうがないので、待つだけですが

もう本当にビザって嫌い
ピザは好きだけど
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自分探し
2009/06/04(Thu)
3年ほど前から自分自身に違和感を感じることが多くありました

「自分ってこんなに怒りっぽかったかな」
「こんなイライラしやすかったかな」
「もっと穏やかだと思っていたんだけどな。。。」


日本にいたころの自分と、現在の自分に差を感じて
「『あの自分』はどこにいったんだろう?」と思い、その喪失感に襲われるのです

大切な友人や人達がいて、頼りにしてもらったりもするし、相談をしてくれたりもする
自分の存在を認めてくれる人たちがいる
決して自分自身の全てを否定しているわけではないし、嫌いな所もあるけれど自分自身の好きな所もある
自分がやっていること(AT)も好きだし、学び続けられる環境にいられるのはありがたいし、楽しい
おそらく色々な意味で成長もしてきているのだと思う

それでも「だけど」がつきまとう

何が原因でそう思うようになったのだろうかな、と考えてもなかなか思い浮かばなかった
アメリカで生活をしているなかで、普通の人がなかなか味わわないようなトラブルに巻き込まれたりしていることも一因であるとは思う。防衛本能として無意識的に感覚を麻痺させていたりもするのだと

ここ1年くらいでようやく、自分が思い浮かべる昔の自分が戻ってきている感覚がでてきた
まだまだ完全じゃないけれど、今回ボルダーという、アメリカの中でかなり特殊な街に来た事で
自分の中で何かを取り戻せる・変わっていく気がする

それと同時に、喪失感に襲われている時期に出会った人には嫌な思いをさせてしまったこともたくさんあったのだろうな、と思う。それは本当にごめんなさい。
そして、それでもまだ近くにいてくれる人達、ありがとう
これからもよろしくおねがいします
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違い
2009/06/03(Wed)
授業2日目
午前中はひたすら解剖学
とても良い復習になるし、それに加えて新しい知識が与えられて
「あー、なるほどねーーーーー!!!」っていう感じの時間が多いです

もっと前にこの人に教われていたら、と思うけれどそれだとまだ理解力がたりなかったかなぁ、とおもったり。とにかく面白いです

面白いと言えば、今日の午後、実技の時間
今日のターゲットは背中と肩周りだったのですが、自分の歩き方や姿勢を自然とチェックされていて自分がモデルに指名されてインストラクターがデモンストレーション

右肩・背中にアプローチされたのですが10-15分ほどの施術後、寝ている状態でも肩が下がっているのがわかりました。クラスメートに面と向かって立ってご覧、といわれて立ったら、クラスメートから驚きの声

施術された右肩の位置が、左肩に比べて3-5センチ程さがっているのです
鏡で自分も確認しましたが、驚きました

Hands-onのセラピーなので、Spiritualな事を意識させられることも多くあります
もともとそういうのに敏感な人はいるようで、今日自分とペアになったクラスメートは
教室の中に渦巻く”Energy”に圧倒されてめまいがし、最終的には一度外に出て、最後には泣きだしてしまっていました。自分を練習台にしてもらった直後だっただけに、なんか申し訳ない気になってしまいました。。。

なんでも、時間をかけて朝から全員から出ているEnergyがどんどん強くなっていって、自分に施術をしている時に自分の頭の方からものすごい強いEnergyを感じて、めまいがして逃げ出したくなったそうな

「何なのそれ?」と思われてしまう所もあるかもしれませんが、そういうエナジーって誰にでもあるものだとおもうし、そういったものが究極的には「癒し」というものに通じるのだと思うので、彼女が感じたものが何だったのか、感じられるように、そして自分のEnergyをコントロールできるようになってみたいな、とおもった今日の締めくくりでした
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まだまだこれから
2009/06/02(Tue)
昨日のエントリーに関してお祝いのメッセージ、メールありがとうございます
7月末には新しい場所で活動を始めている事になるので、住む場所などがすべて整ったら改めて連絡させていただきます

今日から授業らしい授業がはじまりました
自分にとっては良い復習になります
それと同時に、講師が教えているときにどうしたらわかりやすいかな、と考えながら聞いたりしています

自分の知識のあやふやな所もはっきりとしてくるだろうからしっかりと勉強していかないと

午後の遅い時間は実技になるのですが、講師のほかにお手伝いをしてくれているRolfer2人のうち一人はかなり若い感じの女性Rolfer. それでも知識や感覚が大したもので、少し自分の体に触れてもらったのですが、ちょっと嫉妬のようなものを感じてしまいました。こんなのは初めての事です。
もっともっと頑張らないといけません

それにしてもやっぱり教室の中に8時30分から6時までいると休憩があるとはいえ
家に帰ってきてからかなり疲れがでます
ごはん食べたら1時間ばかり昼寝(夕寝?)しちゃってました

勉強しないとね
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