スポンサーサイト
--/--/--(--)
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
この記事のURL | スポンサー広告 | ▲ top
Saying ALOHA to UH Athletic Training Room
2012/04/27(Fri)
今日、4月27日が勤務最終日でした

この1週間は色々感じるんだろうな、と思っていたけれど
やっぱりそれは本当で、でも寂しさというのではなくて
どこかすっきりもしていて、だけどそれは自分がこの場を離れるの事を
現実として認識してないだけなのかな、とも思ったりしていました

その中で、一番大きく自分の中に湧いた問いは
「アスレチックトレーナーにとっての幸せって何なのだろう」
ということでした

仕事として捉えた時、それは人生のタイミングによっても、
レベルによっても(プロ、大学、高校、クリニック)、
それともATCの資格をいかしてチームにつく事とは別の活動をしているのか、
などでも違うと思いますし勿論それは人それぞれで、
各々のステージや段階によっても違うと思います。
それでいいのだと思います

そして仕事を離した時に、個人としての幸せはどうなのだろうな、
ということに想いを馳せた一週間でもありました

これについてはいつか、自分がきちんと消化できた時に書きたいとは思います

さて、今日は最終日といってもいつも通りに出勤
比較的平和な午前中を過ごしていたら、ボスと同僚がレイを持って来てくれました

退職に関連する細々とした事務作業で色々なオフィスに顔を出していたら
「今日が最後だなんて嘘でしょ?」
「また顔を出してくれるんだよね?」
「ビザが問題なの?それなら結婚してあげるわよ」(事務のおばちゃん数名、既婚者)

というふうに声をかけてもらって
特別に選手には言わずに自分のチームの子達だけにアナウンスしたのですが
多くの選手達から
「今までありがとう」という声をかけてもらいました
どうやって知ったのかは知りませんが、とってもありがたいものです

午後はスプリングフットボール最終日ということで
夜7時から紅白戦という長い一日

でもそれも無事に大きな怪我もなく終わり、これでスプリングフットボールも終わり
自分の役目も終わりました

終わった瞬間は「あぁ、これで終わりなんだなー」と思いましたが
寂しさというのは特に感じていませんでした

退職を報告した時、「アメリカでやるべき事はもうやったでしょ」
と大先輩に言って頂いたのですが
きっと、そういう感じだったように思います
だからどこかすっきりもしていました

今日という日を特別にしてくれて、感傷に浸らずにすんだのはもしかしたら、
ハワイで活動されているプロカメラマンの桐生さんが
彼のプロジェクトとして、ハワイにいる職人の仕事場の写真を撮っており、
その題材に選んで頂き、奇しくも今日という最終日に仕事をしている所の写真を
とっていただけたからかも知れません。

写真の対象になるのは初めてのことだったので、最初はなれなかったけれど
ATをしている写真というのは殆ど持っていないので、記念になりとても嬉しいです
今から作品の出来上がりが待ち遠しいです

しかし、プロというのはいい顔をしますね

自分もそんな顔をしていたのかな
どうなのかな

そしてこれからまた別の形のプロの顔をつくっていけるのかな

そんな事を思っています

1999年に交換留学できたハワイ大学
そこでアスレチックトレーニングというものがあると知り、
トレーニングルームの扉をたたき、今のボスに出逢いました

1年間、トレーニングルームで実習を積ませてもらい、
授業を受けさせてもらった後
「必ず帰ってこいよ」と言ってもらって送りだされました

日本の大学を卒業後、その言葉通りハワイに戻ろうとしましたが
家庭の事情もあり、日本にとどまる事を決意。教員となりました

教員として忙殺されたまま2年目を終えようとしていた時、
ハワイ大学のATから突然メールをもらいました

「今何をやっているんだ?こっちの世界には戻ってこないのか」

そのメールを見て、数日悩み、退職/留学を決意
しかしアスレチックトレーニングの資格を取る為のシステムが
変わった為にハワイ大学ではだめ、という事に

そして進んだUniversity of Arkansas
ここでの時間もまた特別な物で、ここでの時間がなければ
今の自分はなかった事は間違いなく
ここで出逢った日本人の先輩/後輩の活躍には
今現在も多くの刺激をもらっています

その後メインランドの大学で仕事をして
はじめてハワイ大学を訪れてからの10年後
フルタイムのアスレチックトレーナーとして呼び戻してもらうことになりました

自分がキャリアを始めた所から呼び戻して貰えるだけでも幸せなことなのに
ここで自分はアメリカでのアスレチックトレーナーのキャリアを終える事ができました

勿論仕事の上では、うまくいかないことや理不尽な事もたくさんありましたし
ハワイ独特の、のんびりとした感じから仕事がすすまない、
責任の所在がはっきりしないなどの理由からストレスがたまる事も
なかったとはいいません

それでもこれだけの事をしてもらえた、という事実
本当にこんなにありがたいことはありません

そして、いつ日本に帰らざるを得ない事が起きてもいいように、
と夏には2ヶ月x2年もロルフィングの勉強をさせてくれました。
そのお陰で、今ロルファーとしての次のステップを踏み出すことができています

そして、日本人の選手、トレーナー、学校などが見学/施設を利用したい、となれば
とにかく自分が日本に帰った時に何らかの繋がりが生まれるように、と
「好きなだけ見てもらいなさい。使ってもらいなさい。」と後押ししてくれました

お陰様でここにいた3年間
「こんなにたくさんの学校、選手、同業者が来た事は今までになかった。
 うちの大学に良い印象を持ってもらえたのなら何よりだ」と言ってもらえましたし
この心遣いのお陰で、かけがえのない沢山のご縁をいただきました

自分がいた間に、こちらまで足を運んで頂いた皆さん
UHを知って頂いて、本当にありがとうございました

自分のアメリカ生活、そしてアスレチックトレーナー人生は
ハワイ大学に始まり、ハワイ大学に終わります

いや、全てはボスであるEric Okasaki氏の手のひらの上での出来事だったのかもしれません

たった1年未満の交換留学生だった自分に10年も縁をきらずにつないでいてくれた
なかなか出来る事ではないように思います
自分の懐もそんな深くなる日が来るのだろうか、来ないと行けないように思います
その為にはまだまだ、色々なものが足りません

昭和の頑固親父を絵に描いたようなボスで中には彼を受け付けない人もいますが、
自分に取ってはボスであり、先生であり、背中をみせてくれた父親です

本当にどうもありがとう

自分は幸せ者です

Aloha, University of Hawaii
Thanks for being big part of my life.
I will miss you. Actually I am already...

579032_10100282601436457_20610775_43050213_719099488_n.jpeg
スポンサーサイト
この記事のURL | AT | CM(0) | TB(0) | ▲ top
ラスト1週間
2012/04/23(Mon)
明日からの1週間が

アメリカで

アスレチックトレーナーとして

大学で働く

最後の1週間になります

現在の仕事内容としては、スプリングフットボールの手伝いと
その他手が回っていない競技の手伝いのみ

自分はとても時間があるので、退職に伴う事務作業や
オフィスの片付け、そして挨拶回りなどに多くの時間を割いている状況ですが
この1週間、自分の気持ちはまたどのように揺れるのかな、なんて思っています

振り返るのは来週になってから、ですかね

立つ鳥後を濁さず

しっかりと締めて、次へのステップに向かおうと思います
この記事のURL | AT | CM(0) | TB(0) | ▲ top
ハワイ大学を退職します
2012/04/11(Wed)
5月11日にハワイを離れ、日本に戻ることにしました

その理由というのは決して一つではなく
いくつもの要素が、それぞれの場所にあり
あることをきっかけに自然とその要素達が集まり

「よし、帰ろう」

と思うようになりました

そこには後ろ髪を引かれる想いも
後悔も、懺悔も、やり残した感じもありませんでした

その結論に至るまで流れた時間

悩み、苦しみました

でも一度決めてしまえば、人は前に進んでいくものなんだな、と
思います。

それは自分も周りの人も



本当に多くの仲間がアメリカで頑張っています
彼らの努力や情熱には頭が下がります

アスレチックトレーナーとしての仕事は大好きです

しかしいつしか疑問が生まれるようにもなって来たことは否めません

長い労働時間、決して恵まれてはいない労働対価
理不尽な事に巻き込まれる事も少なくありません

アスレチックトレーナーとは何なのか
アスレチックトレーナーとしての自分
自分というアスレチックトレーナー

そんな事を意識しだしたのは何年前だったでしょうか

それでもやっぱりスポーツが好きだから
選手の支えになりたいから
アスレチックトレーナーであり続けましたし
これからも関わる形はかわるけれどアスレチックトレーナーであり続けます

多くの日本人が異国で頑張り続けています
彼らは本当に素晴らしい人間であり、プロだと思います

こういった人たちが日本でも活動できる場が出来て欲しいと思いますし
絶対的に必要な人材だとおもいます


外国で働く以上、ビザの事も大きな理由でした
まだ2年程更新はできるのですが、ハワイ大学からはグリーンカードをサポートしてもらう
ことができません。それは決定事項でした
昔なら、そこにこだわりよけいに苦しんでいたかともおもいますが
できないものはできないし、しょうがないと受け入れられるようになりました


そう思えるようになった大きな、大きな理由はロルフィング®に出逢い、学んだ事
同時に、これが葛藤や苦しみの要因ともなりました

アスレチックトレーナーとして活動していく中で、多くの人が取捨選択を重ね
アスレチックトレーナー+αを身につけていきます

自分の場合はそれがロルフィングでした

今までの自分にはなかった角度からみる人間の身体
そして自分の手でできる多くの事
クライアントの喜び、笑顔
ロルフィングを通じて出会った人々、そして新しい世界

そういったものに魅了されていったのかもしれません

ロルフィングトレーニングの最終段階に向かう前はアスレチックトレーニングと
ロルフィングの間で苦しんでいたようにもおもいます

ロルファーとなって、アスレチックトレーナーとして残ったこの1年は
うまく両方を共有させる事も出来たし、意図的に片方を遮断したりと
試行錯誤をしていました

そういった活動の中で、ロルフィングを中心とした活動を行っていきたいという
気持ちがどんどんと大きくなっていきました

もちろん、僕の背骨はアスレチックトレーニングなので、ハワイでもやっていたように
アスリートや、身体を動かす事が好きな人にも両方をあわせた形でやっていきたいとおもっています
当然、普段あまり身体を動かす事のない方々にも沢山であって自分の身体と大切にしてもらう
きっかけをつくれたらな、とおもっています



日本にいる家族の事も帰る理由の一つです


確か渡米したのは26になる年だったと思います
それから7年超が経過しました

本当に色々な形で支えてくれて、自分の好き勝手な事をさせてくれました

今度は自分が側に居てあげる番だな、とこの年になり思うようになりました
まだまだ迷惑や心配をかけることになるのかもしれません

それでもやっぱり側にいたい

そう思う気持ちが大きくなるような事があり
その気持ちは大切にしたいな、と思ったのです

最初に書いたように、決して一つの理由ではなく
様々な要因があって、それが家族への想いをきっかけに
一つの束になったという感じだと思います

そしてそれは自分の中でごく自然な流れでした

ただ3月15日にボスに話をしにいった時には
言葉の前に涙がでてきてしまい、言葉になりませんでした
きっと自分でも抱えきれないものがあったのだとおもいます
それを隠す事なく出させてくれたボスにも感謝です

アスレチックトレーニングは大好きです
アスリートはもとより、多くの人の助けになれると思います

ハワイも大好きです
この自然に恵まれた島、大切にしたいと思います

それでも僕は帰る事に決めました

これからの人生
新しい章に突入です

東京エリアを拠点にロルフィングを中心とした活動を行っていく事になると思います
ワクワクしています
楽しみです

帰るのは今日から1ヶ月後

それまでにアメリカで、ハワイで、日本で
色々な場所を通じて出逢い、感じた事
それぞれに感謝をして、残りの日々を大切にしたいと思います
この記事のURL | | CM(6) | TB(0) | ▲ top
第15回「積み重ねていくこと」
2012/04/04(Wed)
スポーツ魂テンツ内、ハワイからのトレーナー寄稿「Aloha!」

第15回目をアップして頂きました

今回は「積み重ねていくこと」です


記事へはこちらからどうぞ

この記事のURL | 言葉 | CM(0) | TB(0) | ▲ top
| メイン |
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。