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親父の背中
2009/10/04(Sun)
人と関わっているとどうしても摩擦が生じる事がある

良かれと思って言っている事でも相手にとっては余計なお世話、ということもある

年をとり、それなりの事を経験し、それなりの物を見て、感じてきて、それなりの人々と言葉を交わし、盃を交わしてみてきたものがあり、自分の中での価値観や正しいと思う事などが根付いてくる

部活で上の立場になった時、教師の時、そして今現在ATとして選手や学生を見ているとき
彼らと良好な関係を作るのは大事だけれど、好かれることが自分の仕事ではなく、
正しい方向に導いていく事が自分の仕事だと思っている

もちろん、自分が「これは正しい」と言えるだけのものを提示できて、それを確認する作業は怠ってはいけないということが大前提の上で、の話だが

声を荒げたりする事は昔に比べてほとんどなくなったと思う
ただ、それでもここはきちんとしておかなければ、と思うときにはお説教という名の個別の会話の機会を設ける

ただ、静かに諭す、というのでは伝わりきらなかったり、自己主張する事が正しいと思いこんでいる人(特に最近の若い世代)には通じなかったりする場面に出くわす。中には憮然とした無礼な態度を取る輩もいる

そんなときにはやはり声を荒げた方が効果があるのかな、と思う事もある
ただ、その時に思い浮かぶのは自分の父の姿

もう閉めてしまったけれど、父は数人の従業員を抱える店を構えていて、毎週ミーティングを社員さんとしていた
その時に、声を荒げるシーンに何度も出くわした
子供ながらに父が正しい事を言っている事は伝わってきた

少なくとも父には、自分が正しいと思えるものを持っていた
小さくても、店の主
その意向に沿えないのであれば辞めてしまえ
反論するのであれば、それだけのものを提示し、行動して結果を見せろ
それをきちんと伝えていたように思う

ただし、怒る・声を荒げるというのは本当にエネルギーを使う
それだけの情熱がないとできないことのようにも思う

そして「怒鳴られた」という事実だけに反応されないようにきちんと明確なポイントを突かなければいけない所も難しい

そんな事をごちゃごちゃ頭の隅っ子で考えながらお説教をしていると、なぜ自分はこんな事をしているのだろうか、どれだけ伝わっているのか、と後から考えてしまう
数年経って、彼・彼女の中に何かが残ってくれているのならそれでよし、という所か。。。

それにしても、自分自身もう少し威厳を持たなければいけないのかな、とも思う
どうも中途半端になめられる傾向が昔からあるのは自分の不徳の致す所でもあるのでしょう

ただね、少なくとも年長者の言う事は、全てあっているという事は少ないかもしれないけれど
多少なりとも真実が含まれているのだから、聞いていて損はないと思うのです
苦言を呈された時、それを素直に聞き入れる心は持っていてほしいし、自分自身も持ち続けていたいと思う所です
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コメント
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どんな諭し方・怒り方をするにしても、重要なのはべぇ自身が『ブレない』ことじゃない?

言ってることに一貫性があれば、何かしら心に響くものはあると思うし、長期的には信頼関係にもつながると思う。

『もう少し威厳を…』っていうのは、がんばってどうにかなるものなのかな?

べぇには今のべぇの立ち位置なりの役割(諭し方・怒り方)があると思うよ。^^

歳を重ねれば自然と威厳は出てくるかもしれないし、今は、親しみやすいべぇのキャラクターだからこそできるアドバイスに徹してみては?


…なーんて偉そうなことを言ってる私はまだまだ半人前ですが。(^^;
2009/10/05 05:14  | URL | ろぎぃ #-[ 編集] ▲ top
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