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父との会話
2011/05/22(Sun)
昨晩ハワイに戻ったけれど時差ぼけで早朝に起きてしまったので、掃除しつつ、Twitterにも投稿した長文ツイート
少しだけ加筆してブログにも残しておこうと思います

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昨晩無事にハワイに戻った旨を報告しようと母に電話。すると母が席を外していたために父が電話にでた。これは今までで一度も起こった事はない。なにせ父は携帯を持っていないのだから使い方すら知らないのだ。(ちなみに母はIphone、それなのに電話に出れたのが不思議)。 

「無事ついたから」と言うと「お前どこ行っててん?」という父。「2ヶ月コロラド行ってたんですけど。。。?聞いてないの?」 父「そんなもん男親は知らんでええねん」 自分「あ、そ、、、さすがやね 笑」 すると次に父の口からでた言葉は意表をついた

父「お前仕事の方はどうなってんのや?今後の見通しとか」 まさかそんな事をいきなり聞かれるとも思っていなかったし、何せ自分はここ数年で比重の大きかったロルフィングトレーニングを終えてきたところ(父はもちろんロルフィングのロの時も知らない。それ所かATの事すら)

多少面食らいながらも自分のおもっている事を説明。すると父「もしやりたい事があって金がないからあきらめる、とかそういうのはやめや。そんなん女親は聞いたら特につらいわ。それとな、金ばかり追ってたらあかん。自分が世の役にたてる、やりがいを感じるという事ができんと」

「特に最近は世間は金の話ばっかりやからな」 自分が思っている事をもう少し説明し、その心配はいらない、自分はやりたい事があり、きちんと少しずつだけど進めているし、お金のせいであきらめるとかはないよ、と伝えると 父「ほーか。ほな身体にはきーつけてな」 と電話を切る父 

父はいくつかの異業種を転々とし、商売を引き継いだ。小さいながらも人を雇い、その姿を見せてくれた。子供に苦労は見せない人。でもやはり親子だから感じる物はずっとある。どうやってあんな事を何十年と続けて、子供を3人も育てたのか。とてもじゃないけれど自分には到底できない。もちろんそこには母の苦労と支えもあったわけだけれど。そんな人の言う言葉だから響く。そしてこの帰ってきたばかりのタイミングで、突然そんな話をしてくれる事も。

自分の中に更にしっかり重石が出来た感じがした。まだまだこれからやる事は沢山だけどありがたい。それにね、お父さん、これだけは言えるよ。あなたが教えてくれたことはしっかり受け止めているし、あなたの息子だからきっとどうにかやっていきます。その力をくれたから ありがとう 

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高校のときの面談で恩師に

[親の背中を大きく見すぎて、自分は絶対に追いつけない、と思い込み、将来的に自分の価値を認めようとしないのではないかというのが不安」

と言われたことがあります

親の背中は大きいです
とてつもなく大きい
自分に同じ事を子供にしてやれるか、といったらまず無理だと思う
そもそも今の自分の年の時には子供を2人育て始めているわけだし

それは仕事、とかそういった事だけでも、腕っ節というだけでもなく。男気とでもいいましょうか

(男親として男子を育てるなら必ず腕っ節は子供以上で無ければならない、と思っています。
男は単純なもんで「この人には(喧嘩で)絶対に勝てない」と思ったら本能的に下になります。
それをいくつになっても実践してくれた意味でも父はすごい)

小さい頃は父のやり方が気に食わないこと、好きではないところもありました
それは幼いゆえに一面しか見ていなかったからかとおもいます

子供や母にすらいえない苦労も沢山あったんだろうな、とおもいます
(もちろん母にも誰にもいえない苦労話もあったと思います)
あの二人だから、夫婦なんだな、と今は思います


父は昔から、どこでタイミングをききつけるのか、自分の転換期となるようなときにふと一言残していきます
普段あまり口うるさく行ったり、口数が多いというタイプではないのでことさらにインパクトがあります
それが本当に不思議な、というかありがたいタイミングであるのです

今回も、数年かけて比重の大きかったロルフィングトレーニングが終わり、これからのAT生活・アメリカ生活を今まで以上にどうやって過ごしていくのかを考えていかなければならないまさにそのとき、空港について最初の会話が上のものでした

親と言うのは本当にありがたい
自慢の父です
もちろん母も

こんな親に自分もなりたい
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コメント
-  -
素晴らしいお父様を持ってますね。
私も海外に出てから、短くも深い会話を親とするようになったと思います。
特に父親は多く語らない分、言葉に重みがあるし、びっくりするほど的を得た話をしてくれますよね。
年を重ねるほど親のすごさを思い知る気がします。
目先の仕事はきちんとこなしつつも、振り回されず、確実に前に進んでいるべぇさんの姿に、いつもInspireされます。
これからも何かの折に、お互いに良い影響を与えられる存在でいられたら嬉しいです。
2011/05/23 17:33  | URL | hana #-[ 編集] ▲ top
- Re: タイトルなし -
ありがとうございます
本当に年を重ねるごとに親のすごさ、ありがたさを感じます

自分の仕事をきちんとこなしているのかはわかりませんが
とりあえずはやく好きなようにやれるようになりたいです 笑

これからもよろしくお願いしますね
2011/05/28 14:17  | URL | べぇ #-[ 編集] ▲ top
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